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医原病(いげんびょう、英: iatrogenesis または iatrogenic disease)という言葉は以下のような意味で用いられる。
概要古代ギリシャの時代より、医者が患者を害する可能性は知られていた。19世紀の西洋では医師が、細菌のことや消毒のことも知らず、細菌に汚染された手で患者や妊婦に触れたので、患者や妊婦への細菌の伝播が起こり、患者や妊婦は高い確率で死亡していた。現代の日本でも様々な医原病が起きている。(→#歴史) 医療は他の様々な技術同様に、常に発展途上で不完全であり、医療関係者の意図にかかわらず、医療行為によっては患者を害する可能性がある。 医原病の中には発生とほぼ同時にそれと判明するものもある。だが医原病によっては、発生から長い年月を経て医療技術が進歩し新しい見地が発見された後にようやく、従来の医療行為がなんらかの医原病を蔓延させる原因を作っていたとわかったりすることもある。 医原病の原因としては、医療器具、医薬品、医療材料の他にも、医師による誤診、医療過誤(不適切な薬物選択、不適切・未熟な手術、検査など)、院内感染等々が挙げられる。(→#原因別) また、社会学者イリッチによって、医原病とは臨床的医原病、社会的医原病、文化的医原病の三つの段階を経て、現代社会に生きる我々を侵食する病のこと、ともされている。(→#広義の医原病) 歴史医者が患者を害する可能性は古代ギリシャの時代より知られ、医療技術や医療哲学の確立の中で重要な概念とされてきた。(「ヒポクラテスの誓い」にも「自身の能力と判断力に従って、患者に利する治療法を選び、害となる治療法を決して選ばない」と明記してあることからも伺える。) パストゥールが細菌を発見する以前、19世紀中ごろまでの西洋の医学会では、清潔や不潔という概念も浸透しておらず、消毒法も確立していなかった。手術に医師は血に汚れたフロックコートを着て臨むなどし、患者らの傷口は細菌に汚染された共用の「たらい」の中の水で洗われ、患者間での細菌の伝播が起こった[3]。医師のなかには「傷が治るためには膿がでることが必要なのだと思っていた」[4]者も多かった。1867年の統計では、手足切断手術後の死亡率はチューリヒで46%、パリでは60%に及んだという[5]。 お産についても当時は医師が'死亡した産婦の解剖をして産婦の子宮からでる膿にまみれた手で次のお産に立会った'[6]ので、産道から細菌が入って子宮内感染症、敗血症になって(産褥熱)死亡する産婦が多数いた。その死亡率は10%以上にもなった[7]。イグナーツ・ゼンメルワイス(1818年-1865年)は、まだ病原菌などの概念が無い時代であったにもかかわらず、今日で言う接触感染の可能性、医師自身が感染源になっている可能性に気づき、産褥熱の予防法として医師がカルキを使用して手洗いを行うことを提唱した。だが、医学会はそういった彼の善意からの指摘を認めず、逆に医師らは彼を迫害するような行動をとった。
1949年から1950年ごろ、日本では結核の治療法として肋膜外剥離合成樹脂球充填術がさかんに用いられたが化膿を引き起こし摘出されることが多く、後年高齢期を迎えるころには低肺機能となった人が多い[10]。 1956年、東京大学法学部長がペニシリンショックで死亡するという事故が起き、報道機関で大きく取り上げられた。この事故をきっかけとしてペニシリンによるショック死は実はすでに100名に及んでいたことが明らかになり社会問題としても扱われることになった[11]。 日本では1948年の「予防接種法」以降、強制接種や集団接種が拡大していったが、その強制接種や集団接種が安全な方法で行われていなかった。一例を挙げれば1964年に茨城県で行われた集団接種では、不十分な問診、複数の人に対して針を変えずに接種、マスクをせずに接種、不正確な量の注入、などのやり方が行われていたらしい[12]。複数の人に対して針を替えずに接種をする行為が蔓延していたことが日本でC型肝炎が多発した原因である[13]、と考えられている。 こうした医原病の概念や知識は、医学教育では断片的には教えられるものの、あまりまとまった形で積極的・集中的には教育されていない[14]。 そういった状況の中、良心的な医師は模索するような形で医原病防止の努力をしている現状がある。 個別の呼称現在の日本の医学界では、ある症状や疾患が医療行為が原因で生じたことを明示しつつそれを呼ぶ場合は、「医原性○○○○」のように、症状・疾患名の前に「医原性」という言葉を配置していることも多い。 原因別医療器具を原因とするもの医療器具の使いまわしは病原体や悪性細胞等を別の人にうつしてまう可能性があるということが、研究の進歩により判明した。そのために一度使用した医療器具の滅菌・消毒を行なったり、滅菌が困難な医療器具の使い回しを止め、一回使い捨ての医療器具が開発され使用されるようになった。 使い捨て医療器具は本来なら使い捨てされるべきであるが、その使い捨て医療器具をおのおのの独自の基準によって再洗浄・再滅菌の上で再使用している病院も存在する[要出典]。日本では使い捨てにすると、現実的には赤字になることもあり、「健康保険で支払いを受けられないが、(再利用とはいえ)器具を用いた良質な医療を提供するにはやむを得ない」などの理由[要出典]によるようである。米国では再利用は社会問題化[要出典]し、使い捨て器具を再利用することに対して罰則が規定[要出典]された。日本では罰則規定は無いが、医療コストの適正算出はされていない。そのため逆ザヤとなり、医療機関の赤字を増大させている。(例:胃瘻チューブは医療機関の持ち出しとなることが多い。例え破損し交換の必要があっても、前回交換後一定期間内であると健康保険が支払いを拒む。) そもそも、一回使い捨てを前提とした器具は設計上再滅菌再使用を想定していないものが多く[要出典]、複数回の再滅菌再使用により、同様の使用でも同じ結果が得られなかったり(メスであれば切れ味が悪くなる)、使用が困難になったりする(レンズであれば、濁って見えづらくなる)場合がみられることがある。基本的に一回使い捨てタイプの医療器具の但し書きには「再滅菌禁止」と明記してある場合が多い[要出典]。 使い捨てではない医療器具(再利用を想定)については、再使用に際し基本的には滅菌・消毒を行なうこととなる。 ただし、滅菌・消毒を行なったとしても医療器具の再使用による様々な合併症は防ぎ得ない。原因は器具に消毒薬・洗浄薬が残留していたもの、など多岐にわたる。また、近年の進歩した消毒方法で医療用器具を消毒をしたとしても、菌やウィルス、プリオンが他に感染可能な状態で生き残り他の人に感染させてしまう場合があることが、研究により判明した。 もっとも、合併症の可能性があるからといって全ての医療器具を(穿刺針などのように)使い捨てにすることができるかと言えば、一部の医療器具にはそのように単純にはゆかない現実もある。例えば上部消化管に使用する内視鏡などは現在のところまだ一つ100万円以上し、それを再使用せずに使い捨てにすることは荒唐無稽であろう、という意見もある。 具体例注射器かつて行われていた「注射器の使い回し」(一度ある人に対して使った注射針と注射器を別の人に対しても使うこと)により、ウィルス感染が拡大していたことも医原病にあたる。後になってから、注射器の使いまわしでウィルスの感染が起こるということが知られるようになり、使い捨ての注射針及び注射器が登場した。 内視鏡日本では、胃カメラによる検査の後に胃炎を発症する事例が多くあり、「胃カメラ後急性胃炎」などの名で呼ばれていた[要出典]。近年にヘリコバクター・ピロリの発見に伴いようやく、「胃カメラを介してある患者の胃の中のピロリ菌等を別の患者へと感染させていたことが主たる原因であった」と判明した。 その後現在でも日本では、すべての医療機関が内視鏡を1回の使用毎に十分に(あるいは完全に)消毒するガイドラインが策定され、医療機関は遵守するようになっている。生検鉗子と呼ばれる内視鏡処置具(レンズ部分ではなく、組織を採取する部分)は滅菌・消毒できるものが販売されるようになった。 医療器具全般と異常プリオン「変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(狂牛病)」の名により知られることになった異常プリオンは、消毒・高圧高温滅菌したとしても不活性化(いわゆる無害化)はできないため、穿刺針であれ内視鏡処置具[要出典]であれ手術用メス[要出典]であれ、一つの医療用の器具が複数の人間に対して使用されて組織内に挿入されたり組織を採取されたり切断されたりすることは、基本的に異常プリオンが転移し感染を引き起こすリスクを孕んでいる。 医薬品を原因とするもの医薬品の使用は副作用をもたらす可能性がある。また薬害が発生することもある。 具体例薬害を参照のこと 輸血を原因とするもの具体例医療材料を原因とするもの具体例硬膜異常プリオンに汚染されたヒト乾燥硬膜(ライオデュラ)が多数の患者に移植されクロイツフェルト・ヤコブ病の感染を引き起こしたことは世界的に問題となった。 X線を原因とするもの具体例X線検査によるもの 麻酔を原因とするもの具体例手術を原因とするもの具体例検査を原因とするもの具体例広義の医原病社会学者のイヴァン・イリイチは、医原病を、段階論的に臨床的医原病、社会的医原病、文化的医原病に分けて考察しており[15]、医療社会学などの展開に少なからぬ影響を与えている。 臨床的医原病まず、一般に「医原病」と呼ばれる、医療行為が原因で生じる疾患のことをイリイチは「臨床的医原病」と呼ぶ。これには、医療過誤など、医薬品の副作用や手術ミスや検査にともなう過誤等や、社会的集団的に発生する不可逆な健康被害である薬害、治療を受けたが故に生じた患者側のデメリット全てが含まれる。 しかし、これは狭義の医原病に過ぎないという。つまり、医原病はこうした狭義のもの(臨床的医原病)だけではなく、さらに社会的医原病、文化的医原病と呼ばれるものも観察されるというのである。 社会的医原病ここで、「社会的医原病」とは、今日の医療社会学や医療人類学の用語でいう「医療化」(Medicalization)を指し、医療の対象が拡大していくことを指す。かつては自宅で身近に触れ得た死や出産が病院に囲いこまれていき、自然な過程であるはずの老化も医療の対象とされていき、老人にまで降圧剤治療が行われるようになるなど、現代社会においては、資本主義下の医療のキャラナライゼーション、過剰医療をも意味することになる。 文化的医原病さらに、「文化的医原病」は、医療の対象拡大が人々の思考を無意識に支配するようになった結果、自分の身体、自分の健康にも関わらず主体性を失い、人々がその管理に関して無関心・無責任となり、医師に全面的に任せて平気となる=思考停止し怪しまなくなってしまっている状態を指す。医師による「専門家支配」(Professional Dominance)・パターナリズム医療の所産でもあり、端的に言えば、日本で見られる、いわゆる「お任せ医療」状態のことである。 関連項目出典・脚注
参考文献・関連書籍
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