島本和彦

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島本 和彦(しまもと かずひこ、本名:手塚 秀彦(てづか ひでひこ)、1961年4月26日 - )は、日本漫画家

北海道池田町出身、幼少期を帯広市で過ごす。大阪芸術大学芸術学部映像計画学科(映像学科)中退。

目次

概要

大学在学中の1982年、『週刊少年サンデー』2月増刊号にて「必殺の転校生」でデビュー。デビューと同時に大学を4年に上がる手前で中退し、漫画家生活に入る。代表作に『炎の転校生』『逆境ナイン』、実話を含む漫画家が主人公の漫画『燃えよペン』『吼えろペン』など。

自身がラジオ番組『島本和彦のマンガチックにいこう!』(STVラジオ)のパーソナリティも務めている。これらを含め、メディアなどで熱く語ることが多いので、漫画だけでなく作者本人も話題になる事がある。

漫画以外ではアニメ『機動武闘伝Gガンダム』 のキャラクター作成に協力、『疾風!アイアンリーガー』では必殺技の設定に協力。同人誌活動も行い、夏・冬のコミックマーケットにはほぼ毎回参加。自らの漫画プロダクション「ビッグバンプロジェクト」の代表をつとめている。

北海道日本ハムファイターズのファンで、球団公式マガジンのファイターズマガジンに選手の似顔絵を提供している。TSUTAYA札幌インター店のオーナーでもある。

作風

太く力強い線と、ギザギザのフキダシや精神論的なセリフが特徴で、熱血漫画的手法と言われるが、本領はあくまでもギャグ漫画であるとされている。徹底的にお笑いを描き、先人の古典的手法を揶揄することでギャグを成立させた。とはいえ、これは必ずしも先人を愚弄することを意図したものではなく、むしろ彼が育ってきた環境に特撮やヒーロー物が大きく存在し、それらが彼の血肉として切り離せないものになっていることを表すものであるとされている(この点は同世代の安永航一郎にも言える)。自作『燃えろペン』シリーズの主人公である炎尾燃(ほのお もゆる)の影響もあって熱血漫画家の代名詞のように言われる事が多いが、熱血漫画家を自称することはない(ただし他人に言われることを拒絶もしていない)。

石ノ森章太郎との関係性が深く、作風にも影響を受けているとされるが、実際には永井豪松本零士等他の漫画家の影響を自身が認めている。石ノ森の影響については、島本自身が石ノ森の『マンガ家入門』の文庫版(ISBN 4-253-17250-4)の解説も書いているが、あくまでも一般論としての解説であり、自身が影響を受けたかどうかは明言していない。また実際の作風は石ノ森とはかなり異なる。2008年1月に行われた著作権に関するパネル討論で二次創作の議論に関連し、「ぼくは石森章太郎や手塚治虫、松本零士から出てきたのだが、そこからいかに離れるか、という戦いもある」と述べた[1]

エピソードなど

  • 本名ではなく「島本和彦」のペンネームを名乗ったのは「漫画の神様手塚治虫に遠慮して」とのこと。また、当時の手塚治虫の漫画は手塚マンガと呼ばれていたため、同じ呼ばれ方を避けるためという考えもある。なお、デビュー当初『サンデー』誌上でも、読者に本名を聞かれた際に「謎である」と秘密にしていた。売れてから本名に戻ろうと思っていたらしいが、機会を逃してそのまま島本名義で活動。
  • アニメーション監督として有名な庵野秀明とは大学時代の同期で、入学式最初のグループ作りの時に「死にそうな顔をした」(島本談)庵野を発見するも、席が遠かったという理由で一緒の組にはならなかった。しかし以後も個性の強い庵野の事は気になっていて、島本は自分の描いたアニメの制作課題(人が走って近づいてくる動画)が、庵野の制作課題(緻密に描かれた車の上に車が落ちてくる動画)と比べて天と地の差があることに衝撃を受け、アニメでは彼には敵わないとして漫画の道を進むことに決めたという。
  • なお初めてサインを書いた相手も庵野秀明である。両人によれば「お互い一方的にライバル視し合っていたが授業で会うことはほとんどなかった」らしい。なお、庵野の班員であった山賀博之のことは知っていたが、赤井孝美らとはあまり面識がないようである。庵野曰く、様々な行動から大学時代はすでにちょっとした有名人だったという。
  • 大学を中退した理由は編集者からのアドバイスであったが、本人は中退することに不安を感じており、出来れば卒業したかったと語っている。
  • 元アシスタントで漫画家の克・亜樹は大学の二年後輩だったが、同じ年齢とは思っていなかった。ちなみに、克・亜樹は漫画研究会に所属していたが、島本は個人で活動している(この漫画研究会の創立者は漫画家の矢野健太郎だが、『アオイホノオ』の描写とは異なり、矢野とは当時面識はない)
  • 大学時代の同期で同じ班にはアニメプロデューサーの南雅彦がいた。90年代のアニメ関連の仕事はこの縁によるもので、現在も南とは親交がある。
  • 大学時代は依田義賢の授業を受けていたが、この教授がヨーダのモデルという説があることは知らなかった。
  • 高校時代は陸上部、大学時代は空手とバドミントンと、体育会系のサークルに所属していた。
  • 同じ北海道出身の藤田和日郎とは、お互いに自身の作中に相手をモデルにしたキャラクターを登場させたり、共にサイン会を行う程の仲(ただしサイン会はなぜか「サイン会対決」になった。このときのエピソードは『吼えろペン』にて詳しく記載)で、そこで描くのが精一杯の自分と違い客と会話しながらサインを描く藤田の技量に感服している。また藤田和日郎が『吼えろペン』に登場する時は藤田の画風を真似て描くのだが、「僕の絵を真似る辺りの話はいつも絵が巧くなる」とかるく冗談ぶかれた事もある。
  • 1994年にスーパーファミコンで発売されたRPG『ライブ・ア・ライブ』における『近未来編』のキャラクターデザインを担当。その本編中に出てくる巨大ロボット「ブリキ大王」には、主題歌『GO!GO!ブリキ大王』がある。ゲーム中では開発者達が考えた1番の歌詞しか出てこないが、製作サイドでは2番3番の歌詞を一般公募していた。そこに島本が「東京都在住、漫画家、島本和彦」の名前で、一般公募で応募したところ、2番の歌詞として即採用されたという逸話がある。また彼自身今でも思い入れがあるのか、『吼えろペン』27話で大哲がヒーローと玩具を戦わせる場面でブリキ大王と思われるロボットの玩具を持っている描写がある。(単行本7巻に収録)
  • 作品中に登場する人物には、実在の人物がモデルとして存在していることがある(『炎の転校生』:タミー等)。
  • 炎の転校生』作中に紹介された「喫茶ガラクタ」は、作者が高校生時代によく通っており、『機動戦士ガンダム』のアフレコをして遊んでいた過去がある。現在でもガラクタには島本が参加した来客用の雑記ノートが残っており、『マンガ日本経済入門』の執筆依頼のエピソードなどの直筆漫画が読める。
  • ゆうきまさみの漫画『究極超人あ〜る』にバレーボール部部長として島本が実名で登場している。
  • ロッキー』、『あしたのジョー』、『仮面ライダー』に対する思い入れが大変に強く、ラジオ収録中などにこれらの話題がでると、普段から高いテンションがさらに高くなる。また「ロッキーでいうと……」などの、余人にはかえって分かりづらい解説を用いることも多い。
  • キャンディーズの中では、ミキちゃんのファンだったという[2]

作品リスト

キャラクターデザインなど

アシスタント

外部リンク

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