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精神医学(せいしんいがく、英Psychiatry)は医学の一分野で、各種精神疾患に関する診断、治療、研究を行うものである。
歴史古代・中世古代ギリシアではてんかんは神聖病と呼ばれていたが、ヒポクラテスはこれを否定した。 中世ヨーロッパでは精神病患者は悪魔憑きと呼ばれ迫害された。大衆の見世物にされることもあった。 日本では平安時代には、物狂い、狐憑きと呼ばれ、江戸時代初期から、きちがい(幾知可比)という用例もみられるが、浄土真宗においては南北朝時代から既に漢方薬を主とした治療法を試みている事からこれらを内的現象とみていた可能性がある[1]。 19世紀精神医学(Psychiatrie:ドイツ語)という言葉は、1808 年にドイツの医学者ライルJ.C.Reilによってつくられた。 その発端は、啓蒙思想の残響を受けながら18 世紀後半から 19 世紀前半に取り組まれた精神病者の解放運動によって徐々に構築されていったものである。それまで精神病者は「狂人」として、収容施設や療養院に拘束され非人間的な処遇を受けていた。(ガス室で虐殺されることさえあった。)これに対して、ヨーロッパ各地に精神病者へのこうした非人間的処遇に反対して立ち上がる人が登場した。 たとえばイギリスのヨーク市に理想的な施設「ヨーク・リトリートYork Retreat」をつくったクエーカー教徒の商人チューク、「狂者を直接に治すことができるのは精神治療しかない」として収容所の改革を説いた前述のライル、バイロイト近郊の施設を模範的な精神病院に建てかえ、病者と生活を共にした同じくドイツの医師ランガーマンJ.G.Langermannらがその例である。その中でも特にフランスのピネルが、1793 年に、パリ近郊のビセートル病院で患者を鉄鎖から解放した事績は有名である。ピネルは精神病院の改革者として行動すると同時に、 1801 年には『精神疾患に関する医学‐哲学的論考』を著して「近代精神医学の父」とみなされている。 精神医学が今日的な意味の学問体系を指すようになるのは、 1850 年ごろからヨーロッパ各地の大学医学部が必要な講座としてこれを設置しはじめてからである。当時の精神医学は、「精神病は脳病である」(W.グリージンガー)という言葉が象徴するように,疾患の本態を脳内に求める身体論的方向をめざすものだった。精神疾患は、こうして神経学者たちの専門となった。またその一方で,遺伝・素因・体質などの要因を重視する内因論の方向が、19世紀末にクレペリン、クルト・シュナイダーらにより、症状に基づいた疾病単位の分類をなしとげて一応の完成にいたった(記述的精神医学)。 20世紀20 世紀に入るとともに、力動的な症状論を展開するE.ブロイラー、精神分析を創始したフロイト、現象学の導入により方法論を整備したカール・ヤスパースら、新たな勢力が台頭した。とくにフロイトによる、疾患を無意識の力動や生育早期の外傷体験など心因によって理解・分類し、それを言語的に解釈することによって治療するという精神分析の流れが精神医学にも浸透し、20世紀中葉のアメリカ合衆国を中心にかなりの隆盛を見せた。精神分析学を基礎とする精神医学は力動的精神医学と呼ばれる。 1950年代に入って、向精神薬の開発により、生物学的精神医学はようやく実用的レベルの段階に達した。1949年にリチウムに抗躁作用があることが見つかり, 1952年にクロルプロマジン(従来は麻酔前の人工冬眠に使用していた薬であるが)とレセルピンが作られ,これらに劇的な抗精神病作用があることが分かった(この年をもって精神薬理学誕生とされることがある)。さらに、1958年には最初の抗うつ薬であるイミプラミンが合成された。精神薬理学の発達はその後、治療だけでなく,精神疾患のメカニズムの一部、特に中枢神経内での薬物作用の機序についての知識(神経生化学)を急速に発展させることになる。一方、治療面では、向精神薬の登場で、精神分裂病(2002年より統合失調症に改称)の幻覚妄想をかなりの確率で抑制できるようになり、それまで精神病院で一生過ごすしかなかった患者が退院できるようになった。これが1960年代からの社会防衛的入院から外来治療への転換を生んだ。 米国精神医学会(APA)による診断基準「DSM」の第1版、第2版では、記述的分類と病因に基づいた分類が混在していた。当時は、科学の発展に伴っていずれは各々の精神疾患に対する脳の障害部位が特定されていくものと期待されていたからである。 DSM第3版(DSM-III)では編集方針が変わり、症状に基づいた分類が採用され、病因に基づいた分類は極端に排斥された。現在臨床で用いられているDSM第4版(DSM-IV)や国際疾病分類第10版(ICD-10)もその流れに続いている。このことによって、ようやく他の医学領域と同様に、 根拠に基づいた医療を可能にする基礎ができた。それでも力動精神医学は1960年代まではアメリカを中心に盛んに行われていたが、DSM(第3版以降)に代表される記述的診断の台頭や生物学的精神医学の進歩に伴い、精神医学における病理の説明法としては科学的でないとして無視されるようになった。ただしいまだに脳内の物理現象がどのように生理学的に精神に具現化するのかという研究は初歩の段階でありカウンセリング(俗に言う人生相談等)に頼るという場合が多い。また、精神科加療中の患者の重大犯罪などをきっかけとして、各種発達障害、触法患者の処遇の問題などが新たに着目されている。 21世紀製薬会社のマーケティングや保険医療経済上の支配力が精神医療を含む医療全体を圧倒するようになった。 疫学的な大規模調査研究が進み、コモンメンタルディスオーダーとしての精神疾患が唱えられるようになった。 純粋なうつ病患者が減り、神経症的なうつ病患者が増えた。重度の統合失調症が減り、軽度の統合失調症が増えた。 広汎性発達障害というカテゴリーが加わり、これまで統合失調症、人格障害に含まれていた患者の再編成がなされた。 死因における自殺の順位が年々上昇している。 治療現在行われている治療法は、主として以下のようなものがある(保険診療で認められていないものも含む)。疾患の種類や状態により用いられる治療法は異なる。
精神医学の下位分類精神医学にも、以下のようにより専門的な様々な分野がある。
根拠に基づいた精神医学精神医学においても「根拠に基づいた医療」が求められている。これはある介入と、そのアウトカム(結果)の因果関係を求め、介入の有効性を評価するというものである。他の医学領域では、評価するアウトカムとして、数値で表すことのできる生体データを用いることが多い。しかし、精神科領域ではこのような客観的なデータが得られにくいため、重症度を評価する評価尺度の点数や、自殺の有無、入院期間などをアウトカムとして用いている。 これらのデータに基づき、うつ病、躁うつ病、統合失調症については米国精神医学会(APA)などのガイドラインが作成されている。 重症度の評価尺度として、以下のようなものが臨床および研究にて使用されている。
日本における昨今の問題と今後の課題世界で有数の精神病院数と入院患者がいる日本(『狂気と犯罪―なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか』芹沢一也 講談社α新書 ISBN 4-06-272298-4による)においては、以前に比べて保険点数上のメリットが減少したこともあり、かつて横行していた「社会からの隔離」目的のあらたな入院は少し減少した。 しかしまだまだ実際に罹患している患者の症状が快方に向かっても、家族や社会が受け入れず入院が長期化してしまうこともある。 大規模疫学調査による重症患者の未治療率の算出などからもわかるように、患者に対する偏見は根強く、精神病患者=頭がおかしい危険人物という誤解も見られる。例えば未だに「精神病院に行ったほうがいい」などという言葉が相手を侮辱する意図で使われているし、退院できる患者の家族から「一生入れたままにして、戻してくれるな」と言われることもある。 何もかもを「こころの問題」としてとらえ、あらゆる事を精神医学的に解決させようとする風潮や、マスコミが安易に偏見をあおったり、完全無欠なはずがない医療者を完全でないという理由で断罪したり、困った問題が発生している。 また製薬会社が健康と精神疾患のボーダーを動かすことによって、莫大な患者を新たに創作し、莫大な利益を上げていること、そしてその経済的利潤システムに精神科医療も組み込まれていることが問題である。 精神医学における研究分野心理学的研究、精神力動的研究、分子生物学的研究、遺伝子研究、疫学研究、画像研究(脳機能画像研究など)、社会精神医学、司法精神医学、感性制御技術 脚注
関連項目外部リンク
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