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蕭子顕(しょう しけん、487年 - 537年)は、中国の南朝梁の歴史家・文学者。字は景陽。梁南蘭陵(現在の江蘇省常州)の人。 父は斉の豫章王・大司馬の蕭嶷であり、高帝・蕭道成の孫にあたる。弟に文学者の蕭子雲がいる。 斉王朝末期の混乱に巻き込まれて自身の命も危ういところであったが、蕭衍に保護された。これを恩に感じた蕭子顕は皇族でありながら蕭衍の簒奪に加担する事になる。梁の成立後は太子中舎人、国子祭酒、侍中、吏部尚書などの職を歴任。後に呉興太守になる。 好学で文才に秀で、沈約に讃えられた。酒を好み、鬼神を畏れず、才能を恃んで傲慢であった。様々な教えの賓客と会っても、言葉を交わさずにただ手の中の扇子を挙げて自分を扇ぐという態度をとった。「驕」と謚された。 『後漢書』、『晋史草』、『齊書(南斉書)』、『普通北伐記』、『貴儉傳』などの歴史書を書いた。しかし『齊書(南斉書)』を除き、散迭した。 外部リンク |
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